水道事業の歴史
〈長生郡市の水事情〉
 房総大地と九十九里平野に位置する長生郡市は、地勢上、安定した水源に恵まれず、古くから生活用水は地下水に頼ってきました。
 茂原市・一宮町・長南町などでは、地下水を水源とする上水道あるいは簡易水道が運営されてきましたが、睦沢町・長生村・白子町では、昔ながらの家庭用浅井戸に依存する状態でした。これらの浅井戸は、地質が砂地であるところから、各種の排水により汚染を受けやすく、公衆衛生上、看過し得ない事態となっていました。
 そこで、長生郡市の将来の発展を想定し、住民福祉の増進を図るうえで、安定した水源を確保し、近代的な水道施設を建設する必要性が高まってきました。

〈念願の利根導水が実現〉
 昭和45年7月、「利根川水系における開発基本計画」が策定され、水資源開発公団の房総導水路事業が実施される段階に至り、九十九里地域の永年の念願が認められ、利根川の水が導入されることになりました。
 そこで、昭和46年、九十九里地域の3市11町3村が相携えて、用水供給事業を行う九十九里地域水道企業団を設立しました。また、長生郡市各市町村の末端給水は、重複投資を避けるため経営の効率化を図る目的から、広域水道方式が採用され、長生郡市広域市町村圏組合に水道部が設置されました。

〈長生広域水道の創設〉
 水道部の発足により、昭和49年度から創設事業が着工されました。この事業は、計画時から竣工まで実に10年を要するほどの工事でしたが、その間、オイルショックによる狂乱物価時代に遭遇し、資材不足に加え事業費が当初予定の約2倍に増加するなど多くの難局を克服して昭和55年に創設事業は竣工しました。
 これにより、同年7月1日をもって既設水道事業体を統合し、新設町村には7月7日から給水を開始しました。長生広域水道の給水開始により、茂原市及び長南町は従来どおり地下水を利用し、その不足分については九十九里地域水道企業団からの受水でまかなうこととし、一宮町は昭和55年12月9日に既設浄水場を廃止して九十九里地域水道企業団からの受水に切り替えました。

〈第1次拡張事業〉
昭和49年に創設認可を受け、その後水需要の増加に伴い配水管の整備及び加圧ポンプ所設置等増補改良を行ってきたが、九十九里沿岸における海洋性レクリェーション施設や保養地等の観光施設、大規模住宅団地等が各所で計画され夏季のピーク時には供給量が逼迫する状況となりました。
そこで給水量の安定を図るため、平成7年度を目標年度とする計画給水人口158,500人、計画一日最大給水量77,600立方メートルとする「第1次拡張事業」を策定し、昭和63年5月31日に厚生大臣の認可を得ました。
第1次拡張事業は、既存水源である地下水に年々、鉄、マンガン含有量が増加し、それが原因となり配水管内に発生する「赤水」の防止を図るため、地下水の浄水方法を塩素滅菌のみから、除鉄、除マンガンを加えた急速ろ過法へと変更しました。水道施設の整備拡充により、水需要の増大に対応し、給水量の安定確保を図るため、拡張事業は平成2年3月に竣工しました。

〈第2次拡張事業〉

 将来の水需要に対する安定給水体制を確立するため認可計画の見直しを行い、九十九里地域水道企業団から30,810立方メートルの水源の増量を受け、平成14年度を目標に給水人口185,380人、一日最大給水量108,410立方メートルとする「第2次拡張事業」を計画し、平成5年3月29日に厚生大臣認可を得ました。
 第2拡張工事は、新たに配水池 20,000立方メートルの築造と、口径 900mmの配水管を 14,916m布設し、平成13年度に完成予定でありますが、当初の計画時に予測した水需要の増加に比べ大幅に鈍化してることから、将来の社会経済変化による水需要を見極める必要があるとし、平成12年3月24日に第2拡張工事の「建設期間見直しによる事業の継続」とする再評価を行いました。これにより平成5年度から平成13年度の建設期間を平成21年度までに変更しました。
 なお、事業は平成13年度までに 10,000立方メートルの配水池と口径 900mm 配水管 14,916mの全延長が完成しましたので、平成14年度から一部供用開始となりました。